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JUMPing CARnival初動とファンの思い〜こんな日は懐古させてくれ〜


カウコンの感想とかドラマ「武道館」のステマ記事とか色々書こうと思ってたけど、それより先に書かなきゃいけない事ができてしまった…
JUMPing CARnivalのDVDがかなり売れてるらしい。

今までの作品と比較したかったので調べてみました。

デビューコン 7.0万枚
Jumping 7.7万枚
TENJUMP 8.8万枚
SUMMARY2010 7.4万枚
SUMMARY2011 6.1万枚
鶴コン 5.5万枚
矢印 5.4万枚
smart 7.6万枚
CARnival 15.4万枚

15.4万枚?!去年の倍?!はぁ?!?!

元嵐担がゆえにすぐ嵐と比較してしまうのが悪い癖なのですか、一応記録しておきます。

嵐が一般的に人気が出た!と認知され始めたのは恐らく2007〜2011辺りだと思う方が多いのではないかと思います。ですがそれより前から嵐担だった私の体感では花より男子(2005)〜花より男子リターンズ(2007)の間辺りから勢いがついたと感じていました。理由はCD売上や周りの人の反響、初めてのドーム公演やアジア進出等。

2005年のツアー「One」と2006年のツアー「ARASHIC」はコンサートDVDとして単体での発売はなく、後々アルバム特典で収録されています。なので実質私が嵐の勢いを感じた2005〜2007の間のツアーDVDの販売はありません。
2004年のいざNowツアーのDVDが2005年に発売されていて初動は6.8万枚、そして2007年のTimeの初動が15.1万枚です。(この2作品の間に2枚リリースされていますが海外公演と凱旋公演の作品でツアーDVDではない事からここでは省きます。)

Hey!Say!JUMP
smart 7.6万枚
CARnival 15.4万枚

いざNow 6.8万枚
Time 15.1万枚

同じじゃねぇか_φ(・_・
まぁそういうことですよ。そういうこと。察してください。なんかすごいことになってきているようです(他人事)

私は地方の全く知名度のないゆるキャラが大好きでそのゆるキャラが出るイベントの為なら全国どこへでも遠征してる。でもそのゆるキャラがひょんな事から知名度爆アゲし始め、ついに今年ゆるキャラグランプリトップ10入り…………!!みたいな気分なんですよ。まさにこれだわ。ご名答。

JUMPが売れていくことにおぉ…………って、どこか他人事として受け止める時があるし、どこで何でそんな新規つけた?!って分からない時があるし、昔に戻りたいと思う時もある。でも彼らの夢がちょっとずつ叶っていくこの瞬間を録画じゃなくリアルタイムで観ていることは嬉しいし、きっと今後誇りに思える。頑張れって、夢が叶うようにファンとして出来ることはやっていこうって思う!!

でもね、みんなマイナスな気持ちにならないの?って思う時もあるんですよ。だからたまにTwitterで古株さんらしき人がそんな事を少し漏らしてると、私だけじゃなかったって安心するんです。

以前書いたこの記事だけ未だにアクセス数が伸びていて、少なからず同じ気持ちの人もいるんだなって嬉しいです。だからね、寂しかったり不安だったりモヤモヤしちゃう時があるのはあなただけじゃないよ!!!って事をこれから書きます(笑)ただ懐古したいだけ書きたいだけ。

でも懐古する事は私にとって新規との差をつけたいとかそういう類の事ではなくて。なんならDVDで言えば予約してフラゲするまでのファンになったのはSUMMARY2010です。デビューやJr.時代から応援している方からすれば新規にすぎない。それでもHey!Say!JUMPの歴史の半分以上を見守ってきたそんな私にとっての懐古はその時のこと思い出して楽しかったな、あんなに好きだったな、やっぱり大好きだな、よし頑張ってしがみついていこう!と思う為の手段なのです。






こんな日くらい懐古させてくれ

ここからめっちゃ長いのでご注意を。
一番初めに載せた歴代初動記録を見ると鶴コンと矢印の初動めっちゃ少ないんですよね………いやあの2年めちゃくちゃ楽しかったじゃん!!鶴コンの後の世界コン(っていう表し方でいいのか?)なんて、初日きたえーる行っていざ幕が開いたら鶴コンと同じセトリだったからね。当たり前のようにUMPで降りてきたからね。そのくせ神Hurry Upが消えた!!!!クソか!!!!ということで我々は春と夏ずーーーっと同じコンサートを見ていたわけです。10回同じコンサート見ましたとかのレベルじゃないからね、何十回も同じコンサート見ました。それでも良い意味でJUMP担ってクレイジーでファンキーで自分もその中の1人な事が最高に楽しかった。その後にJWがあって、あの3ヶ月は今となれば宝物。

でもこの頃から暗黒期と言うか…担降りラッシュだったなと思います。実際私の知ってる人10人とかほんとそれくらい降りました。そしてほぼぼっち状態になった。しかもみんな降り先はJr.かセクゾで…あの頃はまだJUMPが出ていて少クラ見てたし、Jr.もバックについてたし、バカレア組とかセクボとかJr.の勢いが凄かったのが原因なのかと。この前久々に神宮寺くんとか見たら普通にイケメンお兄ちゃんになってて驚いた。あれ、神宮寺くんってジャパハイでしたよね?勝利くんとか。物凄いキャラだった金鶴くんとかなにしてんのか。いやジャパニーズハイて!これも懐かしいわ!感謝コンも大好きだなー。オーラスでもなんでもない日の最後に薮くんが「今年もさまりーやるよー!」って言ってた思い出。

話を戻して2013年矢印コン。
初日が知念くんの地元静岡で、2日目は有岡くんの誕生日で。初日、地元、誕生日なんてヲタクが行きたい三大理由なのに何故かチケットの出回りは余ってる状態でした。大きな声では言えないけど最前すら叩き売り状態で、お金ないし毎回良席じゃないと入りたくねぇ!ってタイプじゃない私でも気軽に買ったくらい安かった。担降りラッシュ中だった事がやっぱり一つの原因だったのか…。移動車の中で「あれは◯◯くんの家!」と興奮してメンバーに話したり、人見知りなのにコンビニの店員さんに「僕この近くに住んでたんです」と話しかけたり、泊まったホテルが昔ダンスの発表会をしたホールのホテルだったりと興奮して話して最後には「絶対また帰ってきます」「じゃあ東京いってきます」と言った知念くんは可愛くてかっこよかったなぁ。今やお馴染みになった9ぷぅも初日から9公演目まで1公演1キャラずつ、その場で光くんが完成させていったのも、最後に1人ずつ挨拶する時間を取ってくれたのも矢印。

そして矢印はJUMPが初めて「自分たちで意見を出して作ったコンサート」と言っています。それまで大人の言うことを聞いてきたJUMPが初めて自分たちで作り上げたコンサート。確かに初日を終えた私は凄く凄く満足してた。OP映像終わってスパデリ始まる瞬間の演出が今でも大好き。衣装もセトリもセットも今まで見たことないHey!Say!JUMP。確かに相変わらずシングル全部入れてくるけどダンスとか間奏の編曲とかフォーメーションとかアレンジしてくれてて大満足で。ユアシ前のあのダンスと音楽とかこんなHey!Say!JUMP見たことない!って震えた。今までの子供っぽいHey!Say!JUMPが大人っぽいHey!Say!JUMPになったと思ったツアーだったから凄く思い出になってます。初めてBOUNCEスクランブルを見た時の興奮も未だに忘れられないし。少クラも死ぬほど見た。始まる前のカモナの振付本人映像や、強制JUMPコール映像も新たな試みだったなぁと(笑)

そのツアー中の東京ドーム、京セラドーム公演。まぁ埋まりません。エビも来るよ!…セクゾも来るよ!…よーし!セクゾのFC発足式やっちゃうよ!…埋まらねぇ!ジャンピングシートあるよ!!!どうだ!!!って感じでしたね。まぁ入ったらアレですよ。アリーナのジャンピングシートは100人ちょっとかな?天井席も潰してスカイステージ作って。エビ歌うわセクゾ歌うわ何これ感謝祭再び??って感じですよ。
派閥移動直談判はこのドーム公演の後〜音楽のちから出演までの間だと思うので6月くらい出来事ですよね。京セラドーム公演の夜話し合いをしたみたいだからそこでそんな話になったのかな。最近になってやまゆとが「これじゃアカン…と危機感を持った公演。目に見える現状を突きつけられた」と話してくれてます。
ちなみに東京ドーム公演は1日目が終わってから2日目のチケットを一般で買えるくらいでした。あんなに天井の相場が高騰するなんてあのコンサートだけだよね。スカイステージにいる時なんも見えないから。おいてきぼり。

行ったことのない土地を回ったツアーでもあり。静岡に始まり新潟、青森、三重、鹿児島……まず発表された時会場キャパと調べるところから始めて。青森まで東京からバスで行った強い友達もいたよ。懐かしい。行ったことない土地に行けて楽しかった!

矢印静岡ラストの挨拶で山田くん「他のグループにいっちゃやだよ!約束だからね!」と言いました。真剣にじゃなくて語尾に(笑)をつけて、明るく。当時は「大丈夫だよ!いかねぇよ!」くらいに思っていたけれど、あの時山田くんがどんな思いでこの言葉を言ったか、あえて明るく言ってくれたんだろう、それを思うとぎゅーーってなります。当時はそんな事知らなかったけれどJWやソロデビュープライベートでも辛いことがあり、マネージャーさんに「今入ってる仕事が終わったらこの世界辞めさせてください」って言ってるんですよね(ニュアンス)そんな事思ってた直後のこのツアー、ドーム公演を目の当たりにしてもっともっと色んなことを思ったでしょう。
矢印ドーム公演の挨拶で有岡くんが「5年後も10年後もHey!Say!JUMPのファンで良かったと思ってもらえるように頑張りますので、僕たちから離れないでください。」と言いました。私は有岡くんの口からそんなマイナスにも取れる発言を聞いたことがなかった。私の知ってる有岡くんはいつも明るく前を向いてたから。
本人達がそんな事を口に出すほどあの時の事態は深刻だったんでしょう。あの時の私は確かに友人達が降りていく寂しさ、会場でいつも見かけた団扇を見なくなる寂しさ、ドームが埋まらない不安、マイナスに思うこともあった。でもそれを超える驚きとかっこよさと新しさが矢印コンには詰まっていて楽しかった!やばいと思いつつドームなんて埋まらないのがデフォって思ってて深刻視してなかった気がする。

そんな中で本人達は自分達の現状を目の当たりにし、話し合い、大人に直談判してくれたんです。かっこいいよHey!Say!JUMP。ありがとうHey!Say!JUMP。このままじゃダメだと、売れたいと思ったからそうしてくれたんだよね?JUMPがそう思ってくれてた事、行動に移してくれた事が凄く嬉しかった。実際派閥移動からみるみる仕事が増えていって。テレビに出ることがほぼなかったHey!Say!JUMPがテレビに出だして。CDも定期的に出て。もうほんっっと楽しかった。嬉しかった。それが今や毎日テレビに出たりここまでの勢いを持つグループになったわけです。

あの頃はもっと勢いが出ますようにって、降りた奴ら後悔させてやるって思ったのに。今はこの勢いが怖くなるときもあって、もう笑うしかないなって状況もあって。CDとかDVDとか決まったら仕事中でもiPhone片手にサイト覗かないと、仕事後じゃもう予約終わってるんですよ。笑うわ。仕事に集中させてくれよ。

2013年のあの日からまだ約3年。5年後にはまだ遠いけれど…約3年後の今もHey!Say!JUMPのファンで良かったと思っています。有岡くん安心してください!ファンですよ!

そんな時代の事を思い出すと切なくなったりするけれど、結局楽しかったから、Hey!Say!JUMPが好きだから。せっかくずっと一緒に走ってきたのにここで辞めて、蚊帳の外なんて嫌だ。そんなの勿体無い。今は勢いに振り落とされそうになるけれど、根本的にはHey!Say!JUMPが大好きだからで、しかもHey!Say!JUMPとファンは小さな世界に隔離されてきた気がするから外の世界が怖いというか。でも有岡くんが言う通りしっかりしがみついていきます!半年後、1年後、いや1ヶ月先にだって今は想像もしない仕事が舞い込んでくるのでしょう。あの時直談判しにいってくれた事は大正解だった。彼らが自分達で行動を起こさなかったら一生あのま間だったはず。あれはあれで楽しいけど、天下のジャニーズ事務所所属アイドルグループならば1発でかい花火打ち上げなきゃ。打ち上げたいよね。その花火の着火段階まで来てると思う。その花火が打ち上がる瞬間も、その後も私はずっとHey!Say!JUMPが大好きなファンでいたいな。

Twitterではなるべくこういうこと呟かないので、ここに吐き出しました。長文なゆえにとにかくまとまりのない、ひたすら鶴コン矢印あたりの話をしたいだけの記事でしたが、ここまで読んでくださった方がいればありがとうございました。

全力前進